大阪府枚方市にゆかりのあるアーティストやクリエイターに焦点を当て、生き方や仕事、作品へのこだわりや思いについてお伺いする連続インタビュー企画。
第9回目のゲストは、漆工(しっこう)職人の畑景子(はた けいこ)さんです。
畑さんは枚方出身の漆工職人さん。芸術大学で漆を専攻し、大学院では漆工に取り組み、卒業後は漆工職人として文化財の修理や漆にまつわる仕事をされています。修理や制作のアシスタントを生業としながら、最近は漆を使った作品をご自身でも作られているそうです。
今回は畑さんのお仕事や生き方、作品について、そして枚方の好きな場所や関わりなどについて、ひらいろ編集部がたっぷりお話を伺ってきました。
【ABOUT】畑景子/Keiko Hata
京都市立芸術大学工芸科漆工専攻卒。同大学大学院美術研究科漆工領域修了。
幼少期から絵描きになりたいという夢を持ち、京都市立芸術大学で漆を専攻、同大学院で漆工に取組む。卒業後は栃木日光にて仏像修理の仕事に従事。修理プロジェクト完了ののち関西へ戻り、文化財修理(主に仏像)や漆にまつわる仕事を行う。現在はフリーランスで奈良の巧匠堂を中心に、滋賀、京都で漆の修理や制作アシスタントとして活躍。
Instagram:https://www.instagram.com/keiko.hata/
漆工職人のお仕事について
ー畑さんのお仕事、漆工とはどんなお仕事なんでしょうか?文化財の修理などもされているのでしょうか。
そうなんです。肩書きを聞かれると少し難しいところがあるんですけど、漆工職人と答えています。
今は漆や文化財の修理に関する仕事をするフリーランスとして、奈良にある巧匠堂をメインに、その他滋賀や京都にも行っています。周りの人には「プロアシ型職人だね!」って言われています(笑)
ープロアシ?
そうそう、「プロのアシスタント」の略です。漫画でいろんな先生のところに行って、アシスタント業を仕事にしている人がいるっていうけど、それの漆職人バージョンだね!って(笑)
確かに!と思ったんです。私自身、ゼロから何かを作るということを社会人になってからずっとしていないんです。修理の仕事や彫刻作品を作っている巧匠堂の吉水快聞さんや、他の漆の先生などの制作アシスタントをしているという状況ですね。
ーなるほど!そういった働き方って、珍しいですよね?
かなり珍しいと思います!仕事としては、フリーランスで吉水さんや他の先輩のところでアシスタントさせてもらっているんですけど、合間では友人や知人から頼まれた、カップなどの金継ぎ修理なんかもしています。
ー展示会にも出展されていますか?
(社会人になってからも)枚方で展示させてもらったこともあるんですけど、出した作品は学生時代に作った作品です。
出展したのは、「枚方まちかどアート」や、枚方市内のギャラリーエプロンにて個展の開催、新しくできた枚方市総合文化芸術センターにて「枚方の美術家展2021」などです。
社会人になってからはどこかに出向いて働くということをしていたので、自分の作品を新たに作ることはなく、今までに作った作品でもいいですか?という形で出させてもらっています。
ーなるほど!そうだったんですね。
ただ、コロナ禍真っ只中の時には出勤できなくなったんですよ。それで自宅で時間ができた時に、家にある器を金継ぎで直したり、自分の制作活動をこの時間で何かできるかなぁと考えたり。何かを発表するわけではないんですけど、技術の向上にも繋がるし何か作りたいなぁという気持ちが芽生えてたんです。
それで今回、枚方市総合文化芸術センターに「枚方の美術家展」の展覧会への出展に声を掛けていただいた時には自分の作品を作って出そうと決めたんです。学生時代以来のことでした!
ーそんなきっかけがあったんですね!
コロナ禍をきっかけに手を動かして作品を作るという仕事を自分でやろうと思ったんです。それで作ったのが展覧会に出した作品なので、この「天河孔雀棗(なつめ)」が最新で自分の作品と呼べるものかな!と思います。
これからも自分の作品と呼べるものを自分のペースで作っていけたらいいなぁと思います。
「漆」とは?
ー今更ですが、作品などに使われている「漆」とはどういうものなんでしょうか?
漆というのは木の樹液なんです。
ー樹液の状態からどうしたら私たちが見ているようなものになるんですか?
皆さんが漆と言ってよくイメージするのは、黒や赤のツヤツヤしたお椀だと思います。あれはそれぞれ黒い漆、赤い漆を一番最後に塗って仕上げているんです。艶が綺麗に出て、丈夫なので器に使われることが多いんですけど、修理でも使っている理由は固まるとすごく丈夫になるからなんですよ。
漆は硬化する力がものすごく強くて昔から接着剤としても使われているくらいなんです。なので仏像などの文化財にも昔から接着の時や金箔をくっつける時にも漆が使われているんですね。
ーなるほど。そんな理由があったんですか。
仏像の台座を真っ黒に塗る時も漆を使います。そのようにして昔から使われてきている素材なんですよ。
ー陶器にも木にも漆は塗れるものなんですか?
塗ろうと思えば塗れますよ!塗料なので。漆は塗料でも接着剤でもあるという感じですね!
ーなるほど。漆のことがよくわかりました。立体的な作品の素材は、木を使っているんですか?
大きい作品に関してはほとんどが発泡スチロールです!
ーこれ発泡スチロールなんですか!?
大きな発泡スチロールを塊から削って羽の形にして、そこに補強として布を糊で貼り重ねるんです。それから形をシャープにするために漆と土のペーストを混ぜたものを重ねて、仕上げになるにつれて漆を塗り重ねて、最後は磨いて完成させます。
ーなるほど!じゃあ意外と軽いんですね!
とても軽いですよ!見た目は重そうに見えますけどね。でも棗(なつめ)やお椀、仏像などの素材は木です。
ー下の素材は問わずに作ることができるんですね。
割と自由が効くんですよ。
おいたち・今のお仕事に至るまでの経緯
ー漆は大学時代に学んでいたんですか?
はい、大学は京都市立芸術大学工芸科漆工専攻に入りました。工芸科に入ると陶磁器、漆、染織を全て体験して最終的にどれを学ぶか選択できるんです。当時の私は漆に一番興味が湧きました。
ー他と比べて何か特別な魅力を感じたんですか?
これらが学生の時に作っていた作品なんですけど。
「流」 「赤い景色」
主に立体作品を作っていました。立体の形を作って塗料として漆を塗るという。立体表現もできるし、一輪挿しの花瓶を作ったりもできるし。絵画的な表現も、立体的な表現もできるというのが魅力的でした。
そもそも私は歴史や古典を勉強するのがすごく好きで。
美術の授業で絵描くのも好きだったので、歴史、古典、美術に関わる仕事ができたらいいなぁと漠然と思って漆工を選択したという感じですね。だから好んで仏像にも関わっています。
高校生の頃、日本史選択だったんですけど、日本美術史に力を入れて教えてくれる先生がいたです。それで日本史の時間が好きだったんですよね。その時に仏像に漆を使っていることを知っていました。
ー高校生のときの授業が今のお仕事に繋がっているのすごいですね!
普段の活動場所や活動内容
ー大学卒業後はすぐに独立されたのですか?
卒業後は、文化財修理の仕事をしに、栃木の輪王寺というところに3年間行っていました。
仏像を修理していたんですけど、これが本当に大きくて。台座から8メートルあるんですよ!まぁ時間がかかるので、現地で3年間修復をするというプロジェクトがあったんです。3年間ガッツリいろいろ教えてもらいました。
そこでの仕事は契約社員だったので、修復が終わってからは関西に帰ってきました。全く違う種類の仕事に転職することもできたんですけど、私は漆や文化財修理に関することを続けたいと思ったので、関西でできるところがないかと探しました。電話して「こういうことしてました!」というのを伝えて交渉して。
今は滋賀の楽浪文化財修理所や京都のユーエンアート株式会社でも働いています。母校の非常勤講師として学生に教えたりもしていました。
ーなかなかハードですね。
だから漫画家のアシスタントさんみたいだなぁと(笑)色々なところに行って、それぞれやりたいことや必要な仕事をやっているという感じですね。
ーということは現場ごとでそれぞれ異なる担当があって、それを行くたびに並行して進行する感じですか?
そうです!なかなか一言では伝えづらい仕事ですよね。
ー周りにも同じような働き方をしている方がいるんですか?
同じ働き方をしている人はいないですね。同じ専攻を卒業した人で言うと、一般企業に就職した人もいれば、作家として作品を作って販売している人がいたり、美術の先生になった人が多いですね!
ーちなみに同じ専攻の人は何人くらいいたんですか?
毎年平均は10人前後くらいです。先輩後輩の距離も近く、すごく仲良くなりましたね!4年間ずっと一緒だったので。
私の通っていた大学は他の専攻とも仲良くなれるのがいいところで漆以外にも日本画や彫刻など、工芸以外のデザイン科や美術科の人とも仲良くなったり、情報交換できるんです。今でもよく情報交換しています。
ー心強いですね!
人生のターニングポイント
ー畑さんの人生のターニングポイントとは?
普通科の高校から美大に行こう!と決めたことですね。そして、栃木での仕事が終わってからも今しているような文化財修理や漆の仕事を続けたこと。この2つがターニングポイントかなぁ。
ー確かにどちらも大きな決断で、迷いますね…
やっぱり、やらずに後悔するよりやって後悔した方がいいよなぁと思ったんです。
ー素敵です!これからは自分の作品も作っていこうというのは、今回作ってみて思われたのでしょうか?
そうですね。先日枚方市総合文化芸術センターに出展した作品は、依頼していただいて作ったものなんです。同級生でおんなじ名前の「けいこさん」という方が、茶道を習うようになったらしくて。
棗(なつめ)といえば漆、漆といえば私ということで、私に依頼してくれたんです。
繋がりを通じて依頼してもらえたことで、自分の作品を作ろうかなぁという気持ちになれたんです。作ることも楽しめたので。これもまたターニングポイントですね!
作品を作る上で大切にしていること
ー作品を作る上で大切にしていることはなんですか?
自分なりのストーリーを込めながら、自分なりのひと工夫を入れることを大切にしています。
けいこさんから依頼していただいた棗は、真っ黒でもよかったんですけど、好きな鳥の絵を描くよと言ったら孔雀がいいって言われたんです。それで孔雀を描いたんです!
それから、私も景子で、同じ”けいこ”だからと二つ作っておそろいにしようかなぁと!1つは依頼主のけいこさんに差し上げて、1つは自分の手元に置いておこうと思ったんです。
また、私たちが枚方の友達同士なので、枚方にちなんで天の川を意識して星空に見えるように螺鈿(らでん)を散らしてあります。
作品を作るときはそういう自分なりのストーリーを入れられたらいいなぁと思っています!
ーご自身の作品ではない仏像などの修理の場合は、上司にあたる方や先方からの指示があるんですか?
巧匠堂の吉水さんの作品でも漆を使うことが多いんです。漆の部分は吉水さんが私に「こういう風に仕上げて!」と指示されるので、指示されたイメージにきちんと合うように作りますね。
仏像も直すとなると、全体の修理方針は吉水さんが決めています。仏像は木でできているんですけど、古いものは破損している部分があったり、ネズミや虫にかじられて穴が空いてたりするんです。
そういった部分は、形にあうよう削った新しい木を足したり、漆と木粉を混ぜたペーストを充填したりします。このように修理作業でも漆をよく使います!
そして、そのままだと新しく修復したところが丸わかりなので、周りと馴染むように上に色を塗って仕上げます。全体の修理の流れが大まかに決まっているので、それに沿って「じゃあここは金箔をしといて!」と言われたら金箔押しをするなど。
基本的には仏像は制作されてから長い時間が経っているものなので経年変化で色々な汚れがあったり、当初作られたまま残っている部分もあったり。歴史が積み重ねてきたものとして大事に修理をほどこしていきます。
全て塗り直して新品同様の完成ではなくて、最低限直さないといけない部分だけを直していく、現状維持修理を心がけています。
ーどこまでするかという判断、難しそうですね。
そうなんですよ!本当に難しいです。劣化具合がそれぞれ違うので。
ー中心にいる人が方針を決めるんですね。
そうです!でもそれが工房のいいところかなぁと思います。やっぱり技術も知識も必要なので。私は最初から独立して一人でやるぞ!というより、いろんな経験を積んだ人たちに教えてもらいながらその下で仕事をしたいという気持ちが強いですね。
影響を受けた人や作品
幼少期で言うと、私は子供の頃、山下清の「裸の大将」のドラマがめっちゃ好きで(笑)それで私は清さんに連れられて旅に出るのが夢だ!って言って、小さいときから絵描きさんになりたいってずっと明言していたんです。
そして直接的に影響を受けたと言えば、大学のときの漆の先生で笹井史恵先生ですね。すごく素敵な作品を作られるゼミの先生で、人柄も素敵な方で。女性で立体の漆作品で活躍されている姿を間近に見せていただきました。海外でも人気があって、フランス等でも個展もされ大活躍されています。
そして、やはり巧匠堂の吉水快聞さんですね。学生の頃に読んでいた美術の雑誌にも載っているような著名な方で、作品もすごく素敵なんです。栃木で仕事をして、関西に帰ってくる時に「この先どうしよう、こういう仕事続けられないかなぁ」という時に、ご縁が合って、一緒に仕事をさせていただけることになったんです。
今後の展望・やりたいこと
巧匠堂の仕事を中心に、今担当している修理の仕事を今後も継続していきたいです。
自分でもアクセサリーや立体作品を作るかはまだわからないですが、そういう制作も合間で自分のペースでやりつつ、枚方の五六市みたいなイベントや、展覧会へ出展してみるのもいいなぁと思っています。
学生時代にもイベントに出たことがあってとても楽しかったので、またできたらいいなぁと。まだぜんぜんこれからっていう感じなんですけど!
今後の展示会の予定
自分自身の展示の予定は今の所はないんですが、私が一緒に仕事をさせてもらっている吉水さんの作品展や、ユーエンアートの商品が催事に並んだりなど、そういった展示は年に何回かあります。
決まったらこんな感じでInstagramでご紹介したりしています。
私が働いている職場のひとつ「ユーエンアート株式会社」では商品の漆塗りを手伝っていて、つい最近オンライン販売が始まりました!京都府向日市のふるさと納税返礼品としても取り扱ってもらっています。
天然木のコロンとしたフォルムが魅力的で、ひとつずつ丁寧に漆を塗っています。今後もラインナップは増えていくみたいなので、ぜひチェックしてみて下さい!
枚方歴、関わり
ー畑さんは枚方育ちですか?
そうですね、実はアメリカボストン市出身なんですけど、生後すぐ帰国。枚方市民になったのは6歳からで御殿山と枚方公園に住みました。そして栃木で3年間過ごしたあと、関西へ帰ってきたんです。栃木にいるあいだも枚方に戻ってこれたらいいなと考えていました。
栃木に行くまでは、枚方の良さに気づいてなかったかもしれないですね。もちろん地域それぞれの魅力がありますが、枚方は、私をふくめ、地元が大好きな方が多いように思えます。
枚方の好きなお店・場所
いっぱいあります!枚方公園に住んでいるのが長かったので、アニュースプラウト、ルポ・デ・ミディ、イロハベーカリー、巴堂、ひねもすぱんなどなど、大好きなお店がいっぱいあります。あと鍵屋別館の「ほくとのおうち」がめっちゃ好きで、いつも爆買いしてしまうんですよ(笑)
ー畑さん、お忙しいところ貴重なお話をありがとうございました!
【ABOUT】畑景子/Keiko Hata
京都市立芸術大学工芸科漆工専攻卒。同大学大学院美術研究科漆工領域修了。
幼少期から絵描きになりたいという夢を持ち、京都市立芸術大学で漆を専攻、同大学院で漆工に取組む。卒業後は栃木日光にて仏像修理の仕事に従事。修理プロジェクト完了ののち関西へ戻り、文化財修理(主に仏像)や漆にまつわる仕事を行う。現在はフリーランスで奈良の巧匠堂を中心に、滋賀、京都で漆の修理や制作アシスタントとして活躍。
Instagram:https://www.instagram.com/keiko.hata/